南蛮文化館は1968年(昭和43年)5月1日、大阪・中津にオープン。館長である北村芳郎が大学時代に学んだ東西の交流を基礎とし、40歳代前半よりコレクションしてきた、南蛮美術中心の私立美術館です。
安土桃山時代から江戸時代のはじめまで、南欧ラテン系(おもにポルトガル、スペイン)の人々との交流によって、その影響を受けた数々の作品が生まれました。当館では美術品や工芸品をはじめ、陶器や漆器、古文書などの品々を所有しています。館内では1階にキリスト教関連の作品、2階には南蛮美術品を展示。年2回の会期中、皆様をお待ちしております。
安土桃山時代から江戸時代のはじめまで、南欧ラテン系(おもにポルトガル、スペイン)の人々との交流によって、その影響を受けた数々の作品が生まれました。当館では美術品や工芸品をはじめ、陶器や漆器、古文書などの品々を所有しています。館内では1階にキリスト教関連の作品、2階には南蛮美術品を展示。年2回の会期中、皆様をお待ちしております。
おもな所蔵品
南蛮屏風〈重要文化財〉 朝顔の釣鐘 マグダラのマリア画像 十字紋螺鈿小櫃 |
イエズス会紋章入り聖餅箱 うんすんカルタ 十字紋赤織部茶碗 高山右近の書状 |
南蛮とは
南蛮は中国から日本に入った言葉で、もともとは「南方の野蛮人」を意味しますが、日本で南蛮人といえば、南方から日本に来た外国人という程度で使われていたようです。日本では16世紀以前、世界は「日本と中国とインド(またはシャム/現在のタイ)」の三国から構成されると思われていました。そのため南蛮はインドなどを除いた南方地域のことを指していたと考えられます。その後、近世初期(安土桃山時代)にポルトガルの商人やキリシタンの宣教師が多数来日し交流を深めたことから、狭義での南蛮は、ポルトガル、スペインとその植民地であった東南アジアの国々のことを指しています。
現在の日本で南蛮という言葉は、から揚げした魚や肉を唐辛子とネギ、三杯酢に漬ける「南蛮漬け」、肉とネギを入れたうどんやそばの「鴨南蛮」などに用いられています。諸説はありますが、ポルトガルの人々が持ち込んだ唐辛子やネギを用いたことから、その名がついたようです。
南蛮文化とは
1543年に数人のポルトガル人が種子島に漂着、1639年にポルトガル人の日本渡航が禁止されるまでのおよそ1世紀の間に、宣教師や商人らがもたらした文化、またそれに影響を受けたものを「南蛮文化」と称しています。外来語として現在も使用されている言葉には、ズボン、ボタン、ボーロ、カステラ、オルガンなどがあります。言葉の上からもこの時代に、南蛮文化が花開いたといえるでしょう。
南蛮文化館 利用案内
開館 | 令和5年5月1日〜31日 |
令和5年11月1日〜30日 |
開館時間 | 午前10時〜午後4時 |
休館日 | 期間中の月曜日 |
入館料 | 一般:大人800円 大学生・高校生600円 団体(20名以上):大人700円 大学生・高校生500円 |
所在地 | 大阪市北区中津6丁目2-18 |
電話番号 | 06-6451-9998 |
南蛮文化館 アクセスマップ
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